明けましておめでとうポスティング!!

こんばんは!

ダンサープロデューサーのCobAです!

明けましておめでとうございます!

2020年!どんな年にしたいでしょう?

実は、この年末の過ごし方でもうすでに2020年は決まっているって知っていましたか??

2020年は2021年の準備の時期です!!

準備しましょー(☝︎ ՞ਊ ՞)☝︎

ということで、約半年ぶりにポスティングを敢行したお正月です!

ポスティングはいいですねー★

自分で作ったチラシを、一軒一軒お届けするたびに、「見ないで捨てちゃうんだろーなー」とか、「見ても興味少ないんだろーなー」とか「電話かけるのに凄く勇気がいるんだろーなー」とか、色んな皆さんの表情を想像してお配りできるんです^ – ^

だから、体験に来て頂いて、実際に顔を合わせて、同じ時間を共有できた人達には、スタジオの扉を潜った瞬間にハグしたくなる気持ちでいっぱいになるんです!

その人のダンサー人生のスタートを一緒に共有できる!

それがインストラクターの醍醐味でしょう!

ハッキリ言います!

上手くなる奴はどんな環境下でも上手くなる!

リバプールに移籍した南野選手が、最良の環境下で育ったことは誰でも想像がつくでしょう。

では、事細かな葛藤や悩みは私達に想像できるでしょうか?

一番近くにいたはずのご両親でも想像だにしない葛藤や悩みがあったのではないでしょうか?

ただ、そこには技術的、マインド的に背中を押してくれる指導者と、全てを包括してくれるご両親がいただけです。

ある日、師匠のRicky氏に強い口調で私の指導方針に苦言を頂いたことがあります。

「おまえ、全部やってやろうとしてないか?教えるっていう意味わかってるか?」

その言葉にハッとした私の頭の中には、自分が成長できてきたシーンが走馬灯のように浮かんできました。

その全てが、悩み、時には涙を流し、誰にも気付かれないうちに解決してきた事例でした。

師匠がおっしゃいたかったのは、”こうなりたい!”と心と頭と体の全てで感じる、虚脱感のことだったんじゃないか?と今では思えます。

劣勢に立たされた時、あなたはどう感じますか?

諦めますか?

誰かにプラモデルを作ってもらっているのでは、その誰かがいなくなった時には、大好きなプラモデルは作れなくなってしまいます。

ダンスで言えば、「踊り方」ではなく、「感じ方」なのです。

踊り方は、どこに行ってもほとんど同じように教えてくれます。

親切な先生であれば、その全てを手取り足取りやってくれます。

それは素晴らしいことです。

私も以前はそうしていました。

おかげで、多種多様なプロダンサーを輩出できています。

しかし、私ほど感じながら踊れる人がそばにいるかと言えば、17年やって弟子のCON先生だけです。

もちろん、師匠のRicky氏にかかれば、世界を席巻するダンサーに成長することだってザラです。

そんな師匠はこんな事も言っていました。

「元々ダンスを踊れるヤツを上手くするのは簡単だよ。」

この言葉には、お互いの見えない努力が数え切れないほどあるのは承知の通りですが、いわゆる”スーパーダンサー”を数多く輩出してきた人が”簡単”と言うには理由があると感じています。

その根幹にあるのが、”ダンサープロデュース”です。

その言葉を裏返した時に見えてくるのは、「元々ダンスが踊れないヤツを上手くするのは難しい。」という事でしょう。

スキーのインストラクターも、初級クラスはそのスクールの責任者が担当する事が多いと、ライセンスを得ている人が言っていました。

インストラクターの醍醐味とは、初めての人をどう上手くしていくか?が重要ポイントだということは、数多くの習い事でも共通の認識のようです。

では、なぜ上手くなるのか?

が大きな疑問になってくると思います。

それは、一言で済みます。

“基礎が十分に学べているか?”

だけです。

基礎とは原子の事です。

形あるものはみんな、原子にまで因数分解できます。

“宇宙”がなんでもできるダンサーだとしたら、基礎は”原子”です。

ダンスで枠組みをとったら、基礎とは”骨格”であり、”筋肉”です。

では、4歳の子に解剖学から教えられるのでしょうか?

無理でしょうね(^ ^)

園長先生を長らくしていた、私の母はその答えとして、”意識付できる声かけ”と回答しました。

そうです。

インストラクターの本質とは「言葉」なのです。

先に話した師匠の私に対する声がけを思い出してください。

恐らく、師匠は私の経験値を予測し、私が発想するだろうイメージに向かって、必要最低限の抽象度を保った声がけを無意識の内にしてくださったのです。

私は、まんまとそれにハマり、すぐさま思考していたのです。

そこから見え方の全てが変わったりもしました。

そしてそれは、一生揺らぐことのない確信になったのです。

技術でも同じ事が言えます。

私は師匠からそれを会得し、レッスンにて実践しています。

各レッスンに参加されている人達に聞けば「そうだ」と答えてくれるでしょう。

全ては”考え方”なのです。

ストリートダンスは特に、机上での勉強も今の時代必要ですが、一番は”ストリート”で何を体験し、何をえてきたのか?」

でダンサーの質は変わるのです。

ここで言うストリートとは、単に道や屋外で踊ることだけではない不確定な部分を言います。

現代社会では、そのストリートの部分を実体感するのは難しくなっています。

特に子供の場合は皆無でしょう。

1900年代の最大の技術的発明は”電気”でしたが、文化的発明は”ブラックミュージック”だとも言われています。

要はストリートカルチャーです。

現在iTunesの人気になっている曲は、世界中どこでもブラックミュージックが基調となっています。

今では、黒人がグラミー賞やアカデミー賞を受賞することも当たり前ですが、ほんの半世紀前までは、黒人は差別の第一対象になっていたぐらいの社会構造でした。

それをひっくり返し、世界を一つなぎにしたのは、ブラックミュージックでありブラックカルチャーなのです。

誰に何を言われるわけでもなく、強制されたわけでもないこのカルチャーは、混迷を続けるこの日本には必要不可欠な存在です。

特に、これからの未来を担っていく子供達には、ダンス以上に伝えていく必要とその価値があると信じています。

一見見分けがつかない”天然マグロ”と”養殖マグロ”のように、ストリートダンスも、二局している面白い時代だと感じます。

日本HIPHOP第1号の”Harucalloway氏”は、HIPHOPが日本に入ってきた時の状況をこう言っています。

「インテリ達もこぞってHIPHOPを取り入れようとしたが、結局理解できたのは、劣等生だけだった。」

その劣等生達が、今の業界を引っ張っていっているのは言うまでもありませんが、ストリートは学ぶものではなく、身をもって体感することなのです。

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寒い日も、暑い日も、何食わぬ顔で現場に集まり練習した。

チームと言えどライバルで、差をつける為に、一人で必死に練習した。

だけど、泣く時も笑う時もいつも一緒で、怒る相手も一緒。

まるで兄弟かのように、練習場所は家のリビングのように。

自分達の存在を発信する事に必死で、誰に対しても取り繕わず。

反対に、お世話になった分以上に返す事、カッコよく言えば恩を買わずに生きた。

それでも、お世話になる人は増え続け、応援してくれる人でいっぱいになった。

だからこそ思える。

こんな風に思える人を、目の前で見たい。

自分達があの時どんな風に立っていたのか?

どんな涙を、どんな人に流していたのか?

そんな人が出てきた時に、私は私の意味を知れるのだと思う。

B-DUST IMPACT/CobA