Shinjiさん

こんばんは!

ダンサープロデューサーのCobAです!

むかーし、小学生だったか?

親父と一緒に「元気が出るTV」の”ダンス甲子園”というのを見ていた記憶がある。

薄ーい記憶。

肩が張った、三角の服を着てお兄さん達が踊って騒いでいた記憶。

山間の村に住んでいた俺にとっては「衝撃!!」とまではいかなかったが、「TVの世界には、面白い人がいるなー。」

今風に言えば、バーチャルな世界の出来事で、無関係なTV番組だった。

時は経ち、20歳を過ぎた時のこと。

ショーに出たイベントで、”LL Brothers”とうユニットがLIVEをしていた。

仲間から、「ダンス甲子園出てた人だよ!」と教えてもらった。

その時に初めて、過去の記憶と今の自分がつながった瞬間だった。

Shinjiさんとの出会いは、何を隠そう師匠のRickyさんが繋いでくれた縁だった。

「俺の後輩でシンジってのが、東京でちゃんとしたイベントやってるから、お前はそこに行け。」

!!!!!!!

「それは、HotPantsですか?!!!」

久しぶりに全身が起立した。

HotPantsといえば、全国から世界で活躍するストリートダンサーが集まるイベントで、年に4回も開催されている超老舗イベントだったからだ。

もちろん、その主催者IMPERIAL JB`s”Shinji”という名前は、師匠が言うまでもなく想像がついた。

その時には既に、ダンス甲子園が自分達に与えてくれた環境を理解していたからだ。

ダンス甲子園 第3会大会で優勝を飾ったインペリアルは、その後ダンス業界に大きな革新をもたらした事でも有名だった。

そのメンバーであるShinjiさん。

過去にレッスンに出るチャンスもあったけど、尻込みして出られなかったのが今の後悔だ。

すごく端的に言うと、”ダンスを取り巻くあれこれに対して、ほとんどを経験してきた人”なのだと直感的に感じている。

あたりは柔らかく、丁寧な言葉を使い、目の前の人に寄り添ってくれる。

Shinjiさんから見たら、どこの馬の骨とも分からない俺に対して、すごく親身に話をしてくれた。

それは、3度HotPants(Shinjiさんがオーガナイズするイベント)にお世話になっている時にも伺えた。

一般ダンサーよりもゲストダンサーの方が多いように感じるイベントの真っ最中でも、気さくに写真に応じて下さったり、足を止めて話してくれる姿勢。

俺もイベントをオーガナイズするけど、顔見知りのゲスト1組でもイベント中は余裕が無い。

更に、スタジオを経営しながら、年4回の国宝級イベントを開催し、10周年のアニバーサリー発表会も同時期に成功させている。

俺が、スタジオに伺いたいと心から思ったのは、その発表会をフェイスブックで見た事だった。

「幸せそう。」

一枚の写真からそう感じた。

だから、経歴も年齢も”中堅どころ”の俺が、日本を代表するダンサーで、10年を越える経営者で、イベントオーガナイザーで、家族を持つShnjiさんの話を聞きたい!と、そう思った。

スタジオに着いて目に飛び込む”グラフィティー”

もう、これだけで満足だった。

答えは決まった。

「こうなりたい。」

そ意外に言葉は無い。

そんな事を思いながら、出迎えてくれたShinjiさんとシェイクハンド。

中に入って、話が始まるなりShinjiさんの口から、「一緒だよ。」

その言葉にどれだけ安心し、どれだけ感謝したか。

それは、Shinjiさんの言う通り、その状況にある者にしか分からない。

ポスティングの話。

レッスンの考え方の話。

協力してくれるインストラクターとの話。

全てが、自分の姿勢の話だと受け止められた。

Shinjiさんの話がわかる!!

同じように考え、同じように生きている!!

もちろん、質や影響力にいては雲泥の差があるけど、俺の生きていく先にはShinjiさんがいてくれていると、勇気づけられる数時間だった。

SUP!!は、きっとこんなスタジオになるんだろうな。。。

と、思い描けた勉強会でした。

Shinjiさん、SCOOBY-DOO!!

ありがとうございました!!

3/8(日)のHotPantsもよろしくお願いします!!!!!

明けましておめでとうポスティング!!

こんばんは!

ダンサープロデューサーのCobAです!

明けましておめでとうございます!

2020年!どんな年にしたいでしょう?

実は、この年末の過ごし方でもうすでに2020年は決まっているって知っていましたか??

2020年は2021年の準備の時期です!!

準備しましょー(☝︎ ՞ਊ ՞)☝︎

ということで、約半年ぶりにポスティングを敢行したお正月です!

ポスティングはいいですねー★

自分で作ったチラシを、一軒一軒お届けするたびに、「見ないで捨てちゃうんだろーなー」とか、「見ても興味少ないんだろーなー」とか「電話かけるのに凄く勇気がいるんだろーなー」とか、色んな皆さんの表情を想像してお配りできるんです^ – ^

だから、体験に来て頂いて、実際に顔を合わせて、同じ時間を共有できた人達には、スタジオの扉を潜った瞬間にハグしたくなる気持ちでいっぱいになるんです!

その人のダンサー人生のスタートを一緒に共有できる!

それがインストラクターの醍醐味でしょう!

ハッキリ言います!

上手くなる奴はどんな環境下でも上手くなる!

リバプールに移籍した南野選手が、最良の環境下で育ったことは誰でも想像がつくでしょう。

では、事細かな葛藤や悩みは私達に想像できるでしょうか?

一番近くにいたはずのご両親でも想像だにしない葛藤や悩みがあったのではないでしょうか?

ただ、そこには技術的、マインド的に背中を押してくれる指導者と、全てを包括してくれるご両親がいただけです。

ある日、師匠のRicky氏に強い口調で私の指導方針に苦言を頂いたことがあります。

「おまえ、全部やってやろうとしてないか?教えるっていう意味わかってるか?」

その言葉にハッとした私の頭の中には、自分が成長できてきたシーンが走馬灯のように浮かんできました。

その全てが、悩み、時には涙を流し、誰にも気付かれないうちに解決してきた事例でした。

師匠がおっしゃいたかったのは、”こうなりたい!”と心と頭と体の全てで感じる、虚脱感のことだったんじゃないか?と今では思えます。

劣勢に立たされた時、あなたはどう感じますか?

諦めますか?

誰かにプラモデルを作ってもらっているのでは、その誰かがいなくなった時には、大好きなプラモデルは作れなくなってしまいます。

ダンスで言えば、「踊り方」ではなく、「感じ方」なのです。

踊り方は、どこに行ってもほとんど同じように教えてくれます。

親切な先生であれば、その全てを手取り足取りやってくれます。

それは素晴らしいことです。

私も以前はそうしていました。

おかげで、多種多様なプロダンサーを輩出できています。

しかし、私ほど感じながら踊れる人がそばにいるかと言えば、17年やって弟子のCON先生だけです。

もちろん、師匠のRicky氏にかかれば、世界を席巻するダンサーに成長することだってザラです。

そんな師匠はこんな事も言っていました。

「元々ダンスを踊れるヤツを上手くするのは簡単だよ。」

この言葉には、お互いの見えない努力が数え切れないほどあるのは承知の通りですが、いわゆる”スーパーダンサー”を数多く輩出してきた人が”簡単”と言うには理由があると感じています。

その根幹にあるのが、”ダンサープロデュース”です。

その言葉を裏返した時に見えてくるのは、「元々ダンスが踊れないヤツを上手くするのは難しい。」という事でしょう。

スキーのインストラクターも、初級クラスはそのスクールの責任者が担当する事が多いと、ライセンスを得ている人が言っていました。

インストラクターの醍醐味とは、初めての人をどう上手くしていくか?が重要ポイントだということは、数多くの習い事でも共通の認識のようです。

では、なぜ上手くなるのか?

が大きな疑問になってくると思います。

それは、一言で済みます。

“基礎が十分に学べているか?”

だけです。

基礎とは原子の事です。

形あるものはみんな、原子にまで因数分解できます。

“宇宙”がなんでもできるダンサーだとしたら、基礎は”原子”です。

ダンスで枠組みをとったら、基礎とは”骨格”であり、”筋肉”です。

では、4歳の子に解剖学から教えられるのでしょうか?

無理でしょうね(^ ^)

園長先生を長らくしていた、私の母はその答えとして、”意識付できる声かけ”と回答しました。

そうです。

インストラクターの本質とは「言葉」なのです。

先に話した師匠の私に対する声がけを思い出してください。

恐らく、師匠は私の経験値を予測し、私が発想するだろうイメージに向かって、必要最低限の抽象度を保った声がけを無意識の内にしてくださったのです。

私は、まんまとそれにハマり、すぐさま思考していたのです。

そこから見え方の全てが変わったりもしました。

そしてそれは、一生揺らぐことのない確信になったのです。

技術でも同じ事が言えます。

私は師匠からそれを会得し、レッスンにて実践しています。

各レッスンに参加されている人達に聞けば「そうだ」と答えてくれるでしょう。

全ては”考え方”なのです。

ストリートダンスは特に、机上での勉強も今の時代必要ですが、一番は”ストリート”で何を体験し、何をえてきたのか?」

でダンサーの質は変わるのです。

ここで言うストリートとは、単に道や屋外で踊ることだけではない不確定な部分を言います。

現代社会では、そのストリートの部分を実体感するのは難しくなっています。

特に子供の場合は皆無でしょう。

1900年代の最大の技術的発明は”電気”でしたが、文化的発明は”ブラックミュージック”だとも言われています。

要はストリートカルチャーです。

現在iTunesの人気になっている曲は、世界中どこでもブラックミュージックが基調となっています。

今では、黒人がグラミー賞やアカデミー賞を受賞することも当たり前ですが、ほんの半世紀前までは、黒人は差別の第一対象になっていたぐらいの社会構造でした。

それをひっくり返し、世界を一つなぎにしたのは、ブラックミュージックでありブラックカルチャーなのです。

誰に何を言われるわけでもなく、強制されたわけでもないこのカルチャーは、混迷を続けるこの日本には必要不可欠な存在です。

特に、これからの未来を担っていく子供達には、ダンス以上に伝えていく必要とその価値があると信じています。

一見見分けがつかない”天然マグロ”と”養殖マグロ”のように、ストリートダンスも、二局している面白い時代だと感じます。

日本HIPHOP第1号の”Harucalloway氏”は、HIPHOPが日本に入ってきた時の状況をこう言っています。

「インテリ達もこぞってHIPHOPを取り入れようとしたが、結局理解できたのは、劣等生だけだった。」

その劣等生達が、今の業界を引っ張っていっているのは言うまでもありませんが、ストリートは学ぶものではなく、身をもって体感することなのです。

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寒い日も、暑い日も、何食わぬ顔で現場に集まり練習した。

チームと言えどライバルで、差をつける為に、一人で必死に練習した。

だけど、泣く時も笑う時もいつも一緒で、怒る相手も一緒。

まるで兄弟かのように、練習場所は家のリビングのように。

自分達の存在を発信する事に必死で、誰に対しても取り繕わず。

反対に、お世話になった分以上に返す事、カッコよく言えば恩を買わずに生きた。

それでも、お世話になる人は増え続け、応援してくれる人でいっぱいになった。

だからこそ思える。

こんな風に思える人を、目の前で見たい。

自分達があの時どんな風に立っていたのか?

どんな涙を、どんな人に流していたのか?

そんな人が出てきた時に、私は私の意味を知れるのだと思う。

B-DUST IMPACT/CobA

フルバス2019!!

こんばんは!!

フリーダムダンサーのCobAです!

明日はフルバス2019!!

去年はSUPで50人の参加でした⭐︎

それから1年。成長したメンバーと、初めてステージに立つメンバー!

どちらのメンバーも、”今”しかできない貴重な経験となるでしょう。

「ダンサーはステージでのみ成長する。」

ずっと昔、インストラクターとなる前から自分の経験上理解していた事。

もちろん、技術や振付などの技術的なものは、練習でしか身に付かない。

でも、ステージでは技術的なもの以上に全く違った要素がほとんどを占める。

どんなダンサーも、完璧だったステージなんて10年続けて1度か2度あるかだろう。

それでも、練習では幾度となく完璧な練習をしてきたハズだ。

だけど、本番でそれを発揮できる事は少ない。

短絡的に考えると緊張が一番の要因かもしれない。

しかし、その二言だけで済ませるには、しばしば疑問が残る。

緊張の解き方など、今やググれば星の数ほど出てくる。

スタジオのヨガインストラクターChiasa先生に言わせれば簡単だ。

「自分の呼吸に意識を向けなさい。」

そんな簡単な事で緊張は解けていくという。

そしてダンサーはそれを意識せずにやっている。

なぜなら、ビートを感じ、リズムを取る流れの中で、息を吸ったり吐いたり、止めたりなんかもしている。

むしろその呼吸を感じて、体が動いているようにも感じる。

緊張は音が始まるまでの無音の時間で、音を感じ始めた時から”今”が始まっているのだ。

ではなぜ、完璧にはならないのか?

答えは、緊張以外のところにありそうだ。

それは、練習をしても出てこなかった事。

それは、どんな方法論も意味を成さない事。

それが見つかった時から、ステージは宝の宝庫になる。

たった一つ言えるのは、

「ダンサーはステージの上でのみ成長する。」

明日のフルバスで、誰がその宝に気がつくか楽しみだ( ^ω^ )

ダンスの進む道。今、そしてこれから。

こんばんは!

フリーダムダンサーのCobAです。

長野県 旧和田村出身。

物心ついた時から、買い物は近くの街である上田市に母の運転する車で、千曲川沿いの細い裏道を抜けた。

長野市にある親戚のリンゴ農家の畑まで、祖父に連れられてトラックの助手席に座りながら、千曲川を渡った。

千曲川は綺麗で、勢いよく流れる上流独特の水流が、まるで魚がジャンプしているように見えたものだった。

あの赤い鉄橋は、教習所に通っている時に初めて教官にブレーキを踏まれた踏切だ。

・・・

今さっきまであったものが、フツウにそこにあったものが、無くなる。

離れて暮らして、帰省した時に感じる安堵感。

それが無くなる。

時の流れとは恐ろしく無情で、過去と今を分断する。

今あるものは、未来にはないのかもしれない。

被災地の1日でも早い復旧を願います。

・・・

過去、現在、未来

自分達は、未来に向かって生きている。

でもそれは、今だ。

今、何かを感じる事があるのなら、それは過去の産物に間違いはなさそうだ。

一体、何を指標に生きているのだろう?

「未来は変えられない。」なんて、悲観視する意見もあるのだろうが、自分はそう思えない。

むしろ、日々刻々と未来は音を立てて変わっていくものだと感じている。

自分が意図してもそうでなくても。

特に、これからの未来を生きるのなら、変わっていく未来に応じて柔軟に対応していく力が必要とされている。

要するに、短期的展望であり、”今”だ。

先にも述べたように、”今”は、過去の経験と思考パターンが今を作っている。

過去に影響を受け、過去の記憶を辿り選択していく。

「また同じ。」と感じるときは少なくないだろう。

しかし未来は、少なからず変わっている。

仮に、過去と同じ背景で、過去と同じ選択を未来にしたとしたら結果はどうなるか?

良い、悪いは別問題として、結果は違うものになっているハズだ。

昭和後期

敗戦後20年で高度経済成長を果たし、先進国としての立ち位置を手にした日本。

人々はこれまでなかった生き方を見出だし始め、数十年前までの日本にはなかった考え方が定着し始めた。

物が増え始め、豊かな未来を描けるようになった先に、”娯楽”という産業が発展を始める。

しかし、ダンスはまだ娯楽の一部分にもなっていなかった。

平成初期

その後のバブル景気で、世界の経済トップに躍り出るほど国民全体に勢いと、パワーを兼ね備えていた日本。

豊かさは、世界トップクラスとなり、半世紀前に半植民地化されていた雰囲気は、どこかに忘れ去られたようだった。

物は捨てるほど増え、豊かさはほぼ一般化した日本人の共通言語であった反面、格差は次第に広まり、下層域のフラストレーションは溜まっていく一方だった。

メディアインフラの需要により、より高レベルな娯楽が好まれた。

その流れの中で、ダンスは一つの立ち位置を確立していった。

ダンスバトルが多く開催されるようになり、ダンサーはこぞって一位を獲得するために、細かくフリを合わせたり、スキルを磨いたりして、ショー先行のダンスが増えていく。

平成後期

バブル崩壊後の混沌とした雰囲気を抜けられないまま20年以上が経ち、それでもこれまでのような気運には決してならないといった、感覚が人々を染めていた。

大手企業がダウンサイジングを図る中、中小零細企業は成す術なく廃業に追いやられるパターンや、逆に博打に似た事業モデルが奨励されるようになった時期もあったが、その中で一つのキーワードが浮上してきた。

「持続可能性」

それは、3.11の震災の経験も相まって、事業体から個人に至るまで、様々な物に貼り付けられていった。

ダンスも例外無く、その影響を受け始めていたが、当の本人達の中で気付いていたのは、30年以上踊り続けたレジェンドか、これまでの風潮に違和感を覚えながらも、バトルやコンテストで賞を獲るような若手のダンサーだった。

2000年あたりから始まった”キッズダンス”シーンも一巡し、当時のキッズダンサー達が一人立ちしたり、指導を始めた時期でもあった。

その結果、それまで踊ってきたダンサー達が見たこともないダンス業界が出来上がり始めた事に危機感を覚えたのは、自分だけではないだろう。

令和初期

人工知能が人知を超えるのもそう遠い未来ではないだろう。その先のシンギュラリティを考えたら当然の事だ。

誰もができる事は、ロボットとAIに任せていく社会構造がもうそこまでやってきている。

ダンスで言うところの、シンクロ、ステップワーク、振付、新ジャンルの創出に至るまで、今現在人間が生身で踊っている事が、人間以上に品質が良くなるだろう。

既に、そんな影を日常のあちこちで見はじめているのは自分だけだろうか?

自分ごとながら、麻雀は先輩に徹夜で習った。でも、10年打ってないからほとんど忘れてしまったようだ。

今、麻雀などのボードゲームは、既にAIに習った方が実践的で効率的だろう。

AI出なくても、質の高いソフトが出てきている。

そう言う風にして、ダンスもいつのまにか、”ロボットダンスコンテスト”(POPではない。)が行われるような気がする。

でもこれは、悲観的なことではないと自分自身は捉えている。

むしろ、よりナチュラルに、より人間らしく、自分の体を愛し、コントロールし、心豊かにダンスと仲間を楽しむツールとしての役割に戻っていくんじゃないかと期待している。

誰かに求められて踊るのではなく、自分から求めて踊る。

ステップや振付は、競うものではなく、共有し認め合う物。

上手い、下手に固執するのではなく、そうしたい時にそうできる技術を自分が手に入れておくこと。

攻めるのではなく、守るためのダンスであること。

まさに、言葉、コミュニケーション、文化を持つという”人間”にしかないアイデンティティーそのままだ。

“ステキな”

一言で言えば、そんなダンサーがこの世の中に増えたら、きっとダンス界の未来は明るいのだと感じる。

育てるのか?育つのか?

こんばんは!

フリーダムダンサーのCobAです!

ついに!明日!!

HotPantsに出演します!!

14:00頃の出演です!!

東京都港区西麻布1-7-2

西麻布にある”aLife”です!!

来た人には、世界的なゲストダンサーをその目に焼き付けることができます!!

「StartUP!!crewのゲストです。」とエントランスでお伝えいただければ、なんと!¥1,000割引の¥3,000+ドリンクで入場できちゃいます!!

「ストリートダンスってなんなの????」

って疑問を持っている方は、見たら心の奥底のSoulに火がついちゃいますよー!!

その火がいつまでたっても消えない炭のように、ずっと燃やし続ける事が出来ている人の事を、ストリートダンサーと言います。

思い起こせば…

自分の心に火が付いたのは、短大の入学式。

一つ上の先輩達が、ステージの上でグルグル回っていた。

初めて見る”ブレイクダンス”に、心揺さぶられたかどうかは定かじゃないが、その後、彼らと真っ先に友達になったのは火が付いている証拠だったのだろう。

みるみるうちにのめり込み、翌年の入学式では自分がステージに立っていた。

同学年で始めたのは20人。

今は1人。

先輩も含めても、今でも踊り続けているのはたったの3人。

理由は、好きだから。逆を言えば、やめる理由も、やめるメリットもどこにも見当たらないから。

誰に踊らされているわけでもなく、誰の為に踊っているわけでもないのに、20年の背中が次第に見えてきた。

“これしかない!!”こともない。

自分にだって他の夢はあるし、他にやりたいことだって100個以上ある。

その中で、今選んでいるのがストリートダンス。

ただそれだけ。

明日もきっとストリートダンスを選ぶだろうし、来年もきっとそうだ。

「仕事になっているから。」って声が上がってきそうだけど、そうじゃない時期を踏んでいる自分からしたら仕事だから踊っているわけじゃない。

“踊る”という事に関しては、いつ何時だってできるから。

少々傲慢だが、”育てられた”記憶すらどこにもない。

かといって、勝手に”育った”訳でもなさそうだ。

あるとすれば、自ら求め、自ら行動し、自らを環境とした事ぐらいだろう。

その根底には、ストリートダンスの地盤があった事が影響を及ぼしている。

先人が踏み固めていったその道を、自分もまた踏みしめ歩を進ませる。

茨の道なんかではなかった。

歩きやすくて、少々道を踏み外しても、またすぐに元の道に戻れた。

ただ前だけ見て、次のステップをダイナミックに大きな音を立てて進んだ。

そんな道を初めて踏み鳴らした人に聞いた。

「大変じゃなかったのか?」

答えは、

「ただ前に進みたくて、次が知りたくて走っただけさ」

と彼は答えた。

自分と同じで少しホッとした。

人は育つ。

ただ、前に進んだ人のみ。

どんな高い壁でも、どんな細い道でも、前にすすんだ人のみが育つ。

どんなに想いがあろうと、どんなに理論を並べようとも、進まない人に成長はあり得ない。

“人材育成”なんてまやかしを、本気で信じた人のみが育っていき、本気でぶつかった人のみが自分を好きになれる。

どこかの宗教じゃないが、”信じるものは育つ”

それ以外あり得ない。

よりシンプルに、より純度高く動く事。

よって、炭となった人はピュアだ。

ピュアな人は信頼を寄せる。

だから人が集まる。

コミュニティーの時代と呼ばれる令和の時代に、ピッタリなツールを紹介しよう。

「ストリートダンス」

自分の身体一つあれば、実行可能な人材育成最良のツール。

ただし、自身の心に火が付いた人限定である。

明日のHotPantsは、誰の心に火がつくんだろう?

ダンスという音楽を踊れたのか??

こんばんは!

フリーダムダンサーのCobAです。

半日合宿のようなワークショップ「ダンスという音楽を踊っているかい??」を2日間の日程で開催しました。

やる事いっぱいで、両日とも30分の延長戦に突入!

お迎えの皆さんご迷惑をおかけしましたm(_ _)m

それでも伝えきれなかった部分を残しながら、「合宿の必要性」をしみじみ感じたCobAでした。

“ダンスは音楽だ!!”って確定的に気がついたのはRickyさんとお話しができるようになってから。ごく最近この5年以内の出来事です。

Rickyさんと話していると、ホントに楽しい!

ダンスの話3割、音楽の話6割、その他人生にまつわる楽しい話し1割のバランスで、音楽の話を主軸にダンスを斬り、人生に辿り着くのが心地いい。

厳しい口調なのに、また聞きたい!って思わせてくれる。

そんな師匠に気付かせてもらったのは、音楽が好きで場の盛り上がりが好きだって事。

音楽が好きだった少年時代。

実は、少年時代にブラスバンド部、合唱部に所属しソロパートを貰ったり、独唱をしてみたりと、音楽に興味を持っていた時期があるんです。

松本で毎年開催される”小澤征爾”氏のコンサートにも母に連れて行ってもらっていました。

そんな中で、少しずつ音楽の認識を広めていたのかな?なんて思ったりもしています。

中高大は体育会系

青春は全てスポーツに捧げてきた時期もあります。

しかも、全国区の部活で毎日がアドレナリン全開だった気がします。

心地いいより、心地悪いを選択し続けた数年間。

おかげで、コンフォートゾーンを抜けるのはお手のもになってきました。

だけど、自発的行動に欠けるような恐怖行動がベースになっていたんだと今では思います。

それを一瞬で変えたのは、”クラブ遊び”でした。

18歳から行きだしたクラブ。

初めは”トランス”で、爆音の中、仲間と大騒ぎするのが異様に楽しかった。

一度ハコに入ると一般世界とは常識が真逆になったり、普通は出会えない大人達と時間を共有する。

すると、自分の既成概念が再編成され、新しい価値観が生まれた瞬間を今でも覚えています。

そんな頃に出会ったダンスは、”音楽、スポーツ、仲間”の概念がゴチャゴチャ入り混じっていた時に当然のようにキャッチしていました。

一番身近にあって、一番難しいのが音楽としてのダンス。

現代社会の中で、音楽を耳にしない日はありません。

でも、実際には音楽自体が”空気化”していて、雰囲気の一部としての役割を担っているようにも感じる。

音楽の役割は、水のように変化しどんな場所にでも浸水していきます。

ある日は神事として、またある日はデートのBGMとして、学校にも、戦争にも、家族にも、友達にも、人がいない宇宙にも人が作った音楽が流れている。

そして、音楽と共に、まるで親友のように人が居るところに共存してきたのがダンスだ。

ダンスは、人と人とを繋ぎ、時には権力の象徴としても用いられた。

もちろんそこには、音楽が必ず寄り添っていた。

現在でも、同じように音楽とダンスは密接な関係にある。

しかし、一部ではダンスの認知度の一人歩きや、音楽創造の多様化による価値低下した。

ダンスと音楽が別々に分かれていってしまっているように感じるのです。

せめて、音楽の友人を扱っているダンサー達にはその事を知っていて欲しい。

音楽の聴き方が変わると、ダンスは格段と面白くなる!

その想いから今回のワークショップの企画に至りました。

レッスン後記①

レッスン後記②

一回気づくまでには長い時間を要しますが、一回気付いたらその瞬間から一生です。

一瞬で志向が変われば、一瞬で生き方が変わります。

その一瞬は”今”かもしれないのです。

今に正直に、今を駆け抜けろ。

練習する。

こんばんは!

フリーダムダンサーのCobAです。

ダンスを練習するって、一言で言っても始めたばかりのダンサーは困りますよね。

先生が「練習してねー。」って言ったとしても、一人になるとなかなかその一歩を踏み出せない。

そもそも、何を練習していいのかすら分からない。

振付を練習しようにもあっているのかどうかすら疑問で、そうこうしている内に集中力もおざなりになってしまいがち。。。

そんな事ありませんか?

他の習い事の代表格、「サッカー」「野球」では、家での練習方法はほとんど決まってきます。

「リフティング」や「素振り」、「シャドーピッチング」がそうでしょう。

「フリーキック」や「遠投」などは場所が限られてきますし、実際の試合勘とはかけ離れた練習になってきます。

だからこそ、やる事が明確化してきます。

しかし、ダンスの場合自分一人で行う作業がほとんどを占めてくるのと、手を広げて誰にも迷惑がかからない場所ならどこでも実践的な練習ができる事から、ほとんど全ての練習が可能になってくるのです。

だから迷うのです。

人は迷うと、行動を起こせません。

だから、指導側は具体的な練習方法を、浅い知識の状態でも効果的に行える指導を怠ることは禁物です。

とかく、ストリートダンスとなると、現在指導している30代のインストラクターは、”ストリート上がり”の人が断然多くなります。

“ストリート上がり”とは、自分でダンスキャリアをスタートし、自分で悩み、自分で解決し、自分で工夫してきたダンサーの事を指します。

ベースがレッスンでは無く、練習なのです。

だから、上手くなるには「練習」の一言で済んでしまう事が多いでしょう。

また、20代のインストラクターになってくると、”スタジオ上がり”のダンサーが増えてきます。

“スタジオ上がり”だから、レッスンと練習の役割の違いを知っている。かというと一概にそうとも言えません。

なぜなら、彼らを教えた先生は40代の完全ストリートダンサーか、エアロビクスやジャズダンスなどの先生がストリートを勉強し、教えた経歴があるはずです。

その時代のストリートダンスレッスンと言えば、「よく見て!」が最大の教え文句で、昭和を周到したマインドが複雑に絡み合っている雰囲気でしょう。

「もがいて努力したヤツが上手くなる!」

それは、令和の時代でも同じだと思います。

しかし、令和と昭和の違いは平成初期で培った「情報力」と後期の「選択力」が大きな違いを生んでいます。

更に、令和初期では「人間力」や「思いやりの力」が大きな可能性を帯びてくるのは間違いないですし、中期に向かって「コミュニティ力」が注目されてくる事も視野に入れる必要があります。

ここまで聞くと、何の話なのか分からなくなってきたと思いますので、抽象度を大きく下げて言うと。

(今の常識よりも)情報が「複雑化」してくる。ので一旦基本に立ち返っておいたほうがいいかと考えています。

一番最初に何をしたのか?

ストリートダンスインストラクターは、ここに焦点を集中して見てください。

きっと、「リズム」が見えてくると思います。

もしも、見えてこないストリートダンサーがいたのなら、今一度ダンスをスタートし直して、新しいキャリアを生み出していきましょう。

その瞬間、あなたのレッスンは、より具体的に、よりシンプルに後世のダンス力を高められるような伝わるレッスンになってくるでしょう。

今回のテーマの答えは、「先生がいなくてもできる事」です。

そんな答えが丸分かりするワークショップ(特別レッスン)が、17日最終日を迎えます。

参加する人は、”自分に何ができるか?”が明確になっちゃうレッスンなので、心して参加してくださいね^ – ^

OwnerWorkShop「ダンスという音楽を踊っているかい??」

選挙に行こう。

こんばんは。

フリーダムダンサーのCobAです。

明日は、選挙の日ですね( ͡° ͜ʖ ͡°)

〇〇党の〇〇候補

と紙に書きに行く日です。

やることは意外とカンタン!

なのに、行くのは意外と億劫だったりしますね。

約40%の選挙権を持った国民が「選挙に行かない!」という選挙をしているのが我が国”日本国民”だそうです。

理由はそれぞれ。ですが、

抽象度をなるべく上げていうと、「優先順位」が関係してくるのは明白です。

仕事、プライベート、休日、遊び…などなど。

色々と目の前の事柄に翻弄されて、不確かな未来像に想いを描けない。

それはそうです!

だって、何度も選挙を経験してきても、「良かった!」って思うことよりも、「え〜っ!!」って思うことの方が多いんですから。

自分の場合は、そんな思いから選挙の優先順位が低い20代を送ってきたと思います。

「今に必死で、未来をかえりみず、結果主義的な生き方を選択してきた。」

その結果、ふと顔を上げた時期に体感したなんとも言えない不安感。

生きる道筋には自信があったけど、外的環境の変化の凄まじさを実感した大震災や、リーマンショック。

政治変革の荒波の中を、バタ足で進むしかない経済環境。

そんな中でTVやニュースアプリから聞こえてくる、暗い政治像。

挙句の果てに”選挙に行こう!”なんて、行きたくもない飲み会に誘われて、断り文句を探しているレベルでした。

2000年手前に青春が重なっている人ならなんとなく感じることはあると思いますが、反社会的に生きるスタイルが流行していたようにも感じます。

「世の中??俺は俺の生きたいように生きるんだよ!!!」

ヤンキーマンガに出てきそうなセリフですねϵ( ‘Θ’ )϶

そんな中、発展していったストリートダンス、ヒップホップに魅力を感じた訳ですが、実は政治情勢や経済環境はストリートカルチャーに大きく影響を及ぼしているのです。

その話をしていると、趣旨が少しずつずれていってしまうので、また後ほど。

現代においてのダンスに求められている事の一つは、”自己表現”としてのダンスです。

言い換えたところの自己実現。

自己表現をマスターマインドに踊っているというダンサーをよく目にしたり耳にしたりしますが、自己表現ってなんだか知っていますか?

それは、”自己主張”になっていませんか?

自分を表現するとは、自己解放が基本です。

何者にも縛られずに何者でもなくなる。

それは、ある一定の自由度に到達した人だけが許される自己実現の領域なんです。

自由度の尺度は、①経済的自由②時間的自由③人脈的自由の3つで決まると言われています。

では、あなたにはどんな自由があるのでしょう?

めちゃくちゃカンタンに言うと、「好きな時に好きなだけ好きな人とダンスを踊る事ができるか?」

の、逆で「嫌な時に嫌なだけ嫌な人とダンスを踊る事を拒否できるか?」なのです。

時間と人脈は、数字で見えないので分かりづらく、置いておいたとしても、お金は正直です。

だって、ダンスを踊る前に生活してるでしょ?

サラリーマンの平均給与432万円(平成29年度分 国税庁)。

日本人のフツウがこの水準です。平らにすると月収32万円。

この点を境に、”困る””困らない”が決まっていきます。

時間軸を足すと、How Long?が出てきますが、興味ある人は調べてください。

要は、時間をかける?かけない?でその質が決まってきます。

時間をかけない人は、空いた時間で出会う人が増えるでしょう。

でも、ほとんどのダンサーはこれに当てはまらない例があるのだと感じます。

バイトしてショー出てレッスン行って練習して学びに行ってまたバイトしてショー出てレッスン行って…

そんな状態で自己表現できますか?

自己実現は元より、承認欲求さえも満たされていない。

この時代、安全欲求のほとんどは日本という強固なこの国に守られている事知っていますか?

その上にあなたのダンスは立脚しているのです。

自己表現の前に自律です。

自立は当然の事。自律です。

でなければ、本当に自己実現し自己表現を思う存分世界に役立てているダンサー達に到底追いつきません。

先ずはあなたの身が少しでも軽くなっていく事。

個人の力ではどうしようもない不安定要素を一つでも取り払ってくれる政治というあなたの盾を、あなたの手で選んでみる。

結果、思い通りになるなんて勘違いしないでください。

この国には、1億人ものあなたと同じ心を持った人間が生きているのです。

投票に行く事で、世界が変わるなんて思わないでください。

だけど、世界が変わらなくても、あなたの中でほんの少しでも見えた世界がアップデートされたなら、あなたの表現に一つ色が足されていくのです。

一つずつ違った色を足したダンサーが少しずつ集まったら、いろんな色の表現が可能になっていくと、この国はカラフルな自己表現に満たない表現で包まれていく。

そんな気がして、日付が変わりました。

人前に立つ役割を使命とした、人生史上重要な役割を持ったダンサーの皆さんだからこそ、自分の人生をのせる船、日本の未来を考えて欲しいのです。

自分はそう考えてから、選挙に通っています。

自分を高めてくれるレッスンのように。

好きになる36歳!CobA

こんばんは!

フリーダムダンサーのCobAです!

キッズメンバーからもらったケーキ!!

クオリティー高すぎバースデーケーキを頂いて、ご満悦で36歳になりました!!

色んな場所からメッセージ頂いた方、毎年同じ文面になってしまいますが「ありがとうございます!」

毎年必ずやってくる誕生日ですが、ふと毎年思うことがあるのです。

「来年はやってくるのかな?」

だから、嬉しいのでしょうね(^ ^)

地球は自転して、毎日太陽が登るように、公転していることで四季が訪れ、一年を感じます。

36周太陽の周りを回れたのは、当たり前のようでそうではないように思います。

それは、ある日突然出会った人も一緒です。

その人を好印象に思えば、「運命」とも呼ぶだろうし、悪印象なら色んな呼び方をするでしょう。

言いたいのは、人の印象を決めるのは紛れもなく”自分”だということです。

ただの自分ではありません。”過去の自分”です。

恋愛に例えると簡単に分かります。

過去に付き合って、良い思い出を作れなかったロン毛の彼氏がいたとします。

別れた後、ロン毛の男全てが恋愛対象から一時的に外れませんか?

しかし、ロン毛の男を好きになる”クセ”を持っているあなただったら、数ヶ月後に思いを寄せ始めた相手は”ロン毛”だった…なんてことはあったりなかったりしますよね??

印象は、あなた自身が決めているんです。

現代社会に欠かせないバーチャルの世界にだって、同じ事が言えると思います。

バーチャルでは、電気信号が全ての世界です。

そこに、心的な感情は含まれていないのは確かなのに、どうしても電気信号で作った文字や画像イメージに心揺さぶられる。

人間だもの。

完全なバーチャルを体感する不完全なリアル。

摩擦は起きて当たり前です。

「既読スルー」

この言葉が一般化してから、どのくらい経つでしょうか?

メッセージアプリでメッセージを見た際に現れる”既読”の文字。

その二文字に翻弄されるのは、私とて同じです。

人間だもの。

しかし、いつから”スルー”されることは悪くなったのでしょう?

30年ほど前、必死の思いで書いた年賀状。

冬休みが終えた学校で、友達に「年賀状届いた?」と不安げに確認したのを覚えています。

「届いたよ。」と確認を取った後に、「オレ、○枚だった!」と少ないながらのフォロワー数自慢合戦が始まるのです。

そんな中ある年に、年賀状スルーされた事を嘆いていたCobAに、母がハッとしてこう言いました。

「〇〇ちゃんちモチュウだった!!あんた学校行ったら謝っときなさい!」

喪中の意味も分からずに、「モチュウでごめんね。」と謝った事があります。

日本には、ハガキを通じて人を想う心を伝える方法が他にもありました。

そしてそこに、返信ハガキは付いていないのです。

技術が無かったと言えばそれもそうですが、どんなに思いがあっても、どんなに大きな声で叫んでも、どんなに清く願っても伝えられない思いを、ハガキにしたためて伝えていたのです。

少し乱暴な言い方ですが、ハガキがバーチャルコミュニティに変化したとも言えるでしょう。

しかし、その中身やそれを使う事に文化の継承はされなかったのです。

既読が付いて、スルーされる。

それはあくまで電気的な現象であって、それが全てではないのです。

それでも人は、心揺さぶられる。なぜでしょう?

人間だもの。

その奥にある背景や、その手前にある経緯など、人対人のコミュニケーションは不完全である故に、小さなミスを沢山起こしていきます。

要するに、リアルを理解する事でより良い人間関係を築いていく事ができるのだと感じます。

最近のニュースでは、外国の出来事をよりリアルタイムで知る事ができます。

時に、TVよりもインターネットを介した方が早かったり、適切だったりもします。

でも、本当にその情報は自分の人生にとって有益な情報なのでしょうか?

個人レベルでも同じ事が言えるでしょう。

SNSのタイムラインで流れてくるフォロワーの投稿は、その人にとっては重要な出来事でも、見ている人はそうでなかったりもします。

このブログだってそう。

クリックはしてみたものの、あまり有益な情報が得られなかった。

そんなことは、大いにあります。

そんな時、CobAは「自分の見る目が無かった。」と解釈するようにします。それを読むのにかかった時間とバッテリーは返ってこないものの、次から選択する材料としての”失敗データ”を残す事ができます。

時には、友達解除などの手段に出ることもあります。

が、基本的には自分が承認、同意した行動として自分で責任を取るようにしています。

ある程度大きな媒体であれば保護機能も充実しているので、身を守る手段としては信頼性の高いものを選ぶようにしていますし、何しろリテラシーやマナーを日々学んでいるので、今のところバーチャル世界で困った事は起きていません。(あまりバーチャルに踏み込んでいないのも事実です(*^_^*))

ただ一つ言える事は、これからやってくるバーチャルリアリティーの世界では、それが混同してくることから、更なる教育や実体験が必要になってくるのだと感じています。

それは何も、大ごとのことではなく、今ある現実世界での人とのやり取りや想いの伝達。

そこから波及するグループコミュニケーションのあり方など、教材はもう既に存在し、とっくの昔から形づくられている定型文の中にあるのだと思います。

最初の話題”既読スルー”に戻ります。

既読スルのは誰か?(韻踏んだ٩( ᐛ )و)

もちろん、読んだ方です。

では、既読スルーするのは誰か?

こちらも、読んだ方ですね。

なぜ、既読し、スルーしたのか?

実際の理由はなんなのでしょうか?

そして、既読スルーという電気信号に対して、人間特有の”感情”を抱いたのは誰でしょう?

送った方は、ただの電気信号に対してなぜその感情を抱いてしまったのでしょう?

言い換えれば、交差点の青信号に対して良い感情を抱き、赤信号には悪い感情を抱くようなものです。

どちらも必要に応じて出現させた人間の発想です。

過去に青信号で事故に遭った人にとっては、青信号は不安要素で、赤信号は安心材料だったりもするかもしれません。

どちらにせよ、事実は一つでも真実は他にもあったりするのかもしれませんね。

リアルでは、一つの事象に対して、前後に多くの要因が複雑に絡み合っていたりしているものです。

少し抽象度を下げると、既読スルー問題に突入する前と後に、両者がとっていた行動はなんだったか?

実際に会っていた時の言動はどうだったのか?

相手を不安にさせたり、不快にさせたりした事があったか?そして、それに気づいていたか?気づいていたなら素直にフォローしたのか?

そもそも、相手を思いやる心を持ち合わせていたのか?

まさか、対応にビビって踏み出すべき時に踏み出さなかったのでは?

「相手の事を思って…」という言い訳をしていないか?

全てがセルフチェックです。

誰もあなたの真意になんて気づいてくれません。

あなたの心は薄っぺらい共感で満足する程浅くはないのです。

あなた自身がそれに気がつかなかったら、一生、お金持ちになっても、時間持ちになっても、友達持ちになっても、資産持ちになっても誰も気付いてくれないのです。

あなたがあなたに気付いてあげるしかないのです。

それを人は「不幸」と呼びます。

不幸の最中では、正しい判断が可能でしょうか?

幸せを感じている時と、そうでない時では180度受け取る感情が違って見えたりします。

本当の自分はどちらにいますか?

いつも、幸せな自分でいたいですね。

CobAは?というと、比較的幸せを感じていることがおかげさまで多いと思います。

それでも、嫌な気分になる時だって少なくありません。

そんな時どうしているかというと、できる限り自分を褒めるようにしています。

褒めると意外と気持ちいいです(^.^)

笑えてきますし、楽しい気分にもなります。

まるで、不幸な気持ちなんて忘れてしまうぐらい、小さなことを褒めるのです。

幸せな気持ちは、自分を豊かにします。

豊かになると、溢れでてきます。

溢れたものは、誰かが拾い、また幸せの連鎖が続いていくのです。

それがコミュニケーションです。

“誰かを喜ばせる。”

人が好きなのは、大好きな自分が選んだ相手だから。

人を喜ばせることは、おおよそ自分を喜ばせることと同義語だからです。

幸せは現実でしか感じられません。

バーチャルは、あくまでそれを補助する道具です。

もちろん、フォロワーは多い方がいいでしょうし、”いいね!”だって多い方がいい。

メッセージは早めに返した方がいいし、電話は掛け直した方がいい。

だけど、その何百倍も効果があることは、ただの一度だけ、相手の目の奥をじっと見つめて、笑顔で「ありがとう」と言うことです。

言わなくてもいいでしょう。でも、溢れていたらどうしても出てしまうのです。

人の前に、自分なのです。

大好きなあなたが、大好きなものは、大好きな人以外にも伝わります。

そのあなたが、道具を使うからレバレッジが効くのです。

「思いやる。」

36歳になって、最近感じたことをベースに書いてみました。

今年のCobAもよろしくお願いします!!

山が動く日

こんばんは!

フリーダムダンサーのCobAです。

タイトルにあるように、山は動きますよね( ^ω^ )

何億年とかけて、地殻変動は今もゆっくりと動いています。

今日がその日じゃないだけで、明日がその日かもしれない。

Xデーはいつの時代も急にやってきます。

しかしながら、簡単に”動く”訳ではない事は承知の通りです。

動くのは一瞬で、その何倍もの期間を動き続けた事が奇跡なのです。

違う話で、”氷山の一角”という言葉があります。

水面から見えている氷はちょっとだけで、水中にはその何倍もの氷が見えずに存在している。といったところでしょうか?

そうなんです。

私たちが見えている世界は、氷山の一角であり、山が動くまでの期間を把握するのは不可能に近いのです。

ストリートダンスは氷山が動く一角??

「ストリートダンスって、どこから来ているの?」

「発祥の経緯はどうなってんの?」

「ストリートカルチャーの定義って何?」

こんな事を思ったことはないですか?

それを知りたくなった時点で、既にストリートカルチャーの一員だと感じます。

答えは、「わかりません。」

もちろん、上記やそれ以外のことは人並み以上に理解していますし、実際に経験済みです。

その中で、敢えて答えるならこの類の質問に対して、ピンポイントで答えられる人は、この世界にわずか数人しかいないのではないかと推測します。

そう、実際にそれが目の前でスタートした人だけが答えられる権利なのです。

さらには、そんな人達でさえ後進のビッグウェーブに飲み込まれてしまう場合もあります。

ここまで言えば、分かっている人の頷きが聞こえてきそうですね。

噂レベルで100年以上存在してきた証が、今自分の前にあるストリートダンスなんだと、感じる今日この頃です。

CobAが見てきたもの

自分が始めた2002年は、ストリートダンスを特集するTV番組が放映されていたり、DVDなんかも流通し始めた段階でした。

庶民以下の暮らしをしていた学生には、DVDなんか到底買えず、先輩から流れてきたダビング済みのVHSが教材でした。

ダンスを教えてくれるスタジオは、今より格段に少なく都内でも専門スタジオはほとんど存在していなかった記憶があります。

頼れるのは、数ヶ月早く始めた先輩の指導。

今考えれば、99%が気合いと根性で構成されていたような気がします( ˊ̱˂˃ˋ̱ )

“そんな感じ”

でまとめられる整合性が無い技術を、「上手くなりたい!!」情熱で受け取り、何も分からないまま、家に帰って練習という運動をしていたのが懐かしいです。

その反面、ある一定の範囲内に身を置いたダンサーは、先人が編み出した虎の巻に触れ、メキメキと驚くほどのスピードで上達していた事を、数年経ってから知ることになるのです。

それが、”RhythmTraining”です。

もちろん、”範囲外”だった自分もその練習方法は知っていましたし、実践していました。

だけど、その意味合いが全く伝わっていなかった。むしろ、間違っていた点すらあったのです。

「先輩が悪かった。」なんて、頭が裂けても思いません。

だって、先輩達だってそれを必死に習得して、必死に伝えてくれたのですから。

それがストリートなんです。

自分達は良い方だと感じています。

その前に、ストリートダンスに参加していた人達は、更に過酷な習得方を自ら実践して、今日のダンスシーンがあるのです。

あの時彼らが諦めていたら?

あの時彼らが全てを変えてしまったら?

今、自分の前にあるストリートダンスは、姿かたちは一変していたでしょう。

自分は、始めずにいたかもしれません。

始めなければ、頑張る経験をしなかったでしょうし、歓喜の瞬間も訪れなかったでしょう。

そしてまた、「ストリートダンスを伝えよう!」なんて事はまずなかったでしょう。

ストリートダンスを伝える理由

“輩”だったストリートダンス使用前。

部活が強豪校だった反動?で、引退後から高校卒業にかけて闇のエスカレーターに乗っていた自分は、抜け出したい気持ちと抜け出せないジレンマの中、ストリートダンスと出会いました。

「没頭する事で、自分を変えられるかもしれない。」

そんな期待を抱いて、毎日ダンスに明け暮れました。

いつしかそれが、

モテたい→喜ばせたい→貢献したい→伝えたい

と変化していっていました。

“伝えたい”までは、案外すんなりいったものの、その先の”伝わる”がどうしても見当たらなっかた事が功を奏して、そこから猛勉強をスタートさせたのです。

生まれて初めての勉強。

どう勉強したら良いのかすら分からずに、ただただ人の言いなりになった事もあったし、意味があるのか無いのかわからない事まで必死に詰め込んだ。

スケジュールの優先順位を変えてまで、寝食を忘れてまた没頭しました。

そこで見えてきた事業構想。

確信した未来予測。

不明確だったヴィジョニングは、とうとう「ダンサー王国」という形で、旗を立てたのです。

たった一人。

旗を振って、大きな声で叫びながら。

ダンスに出会って10年の月日が流れた頃でした。

未来予測

自分は経済学者でも、敏腕経営者でも無いため数字や極論を用いての明言は避けますが、一般的にネットに出てくるようなレベルの情報だけで考えてみても日本の、いや、個人レベルでの経済環境の変化は、これまで自分が生きてきた中でも大きく変化していくと言えるでしょう。

人口構成が変わり、働き方が変わり、お金のあり方が変わり、コミュニケーションの取り方が変わる。

住むところが変わり、出会う人が変わり、進む道が変わり、人が変わる。

背景が変わり、適応対象が変わり、感覚が変わり、考え方が変わる。

自分が子供の頃と比べても、普遍的だろうと思っていた事が、音を立てて変わろうとしている。

生き方自体に変化を求められている時代が始まっているんだと捉えています。

人生100年。とは嘘であったとしても、何もなく生きれば自分は残り50年程度でしょうか?

まだ、半分も生きてはいないのです。

それでいてこの変化。

自分が全てを全うする頃には、恐らく”今”という瞬間すら形に残らないように感じています。

要は、準備や備えは意味を成さず、その瞬間その瞬間を必死に輝いていく時代になるんだと確信しているのです。(異論には対応できませんので悪しからず。笑)

今を楽しみ、今を生きる。

ちょうど、堀江貴文氏がそんな公演をしていますので調べてみてください。

あ、自分の場合はなんとなくですが、ステージ上でそんな風に過ごしてきた裏付けをホリエモンがしてくれたみたいな形になっています( ´∀`)

ステージや舞台裏って、戦場なんです。

押しや巻きで、スピード感が決まります。

雰囲気や流れで動きが変わります。

経験のみで対応をするんです。

もちろん、最低限の準備はします。

そして、最小限の準備にします。

あとは出たとこ勝負です。

裏付けは練習でどこまで必死になれるか?

ダンスにどこまで真剣に膝を突き合わせて、自分の思ったようなボディコントロールとグルーヴ、リズムを立体化させられるか?

それがまた辛いんです。

理想はあれど、全然それに追いつかない。

好きな人に告白する前に諦めてしまうようなダンサーは何億人といる事でしょう。

本気になればなるほど、自分が見えなくなる。

動けない事って辛いんです。

レッスンって、訓練場なんです。

でもそれは、大人のプロダンサーだけのことじゃ無いんです。

キッズダンサーでも、同じような事があるんです。

“逃げる瞬間”ってわかります。

“入る瞬間”もわかります。

それは、20年近くステージに立ち、同じだけ教えてきたから分かるんです。

今ダンスを始めたばかりの子にだってあります。

そんな時の横槍が一番痛い。

痛いからこそ、跳ね除けてほしいのですが、跳ね除ける術を知らない子供は、跳ね除けることすら知りません。

「まだ始めたばかりだから…」

「真面目にやれって言ってるんですけどね…」

「嫌ならダンスやめるよ!!」

などなど。ご両親からしたら、心配でかけている優しい言葉も、跳ね除け方を知らない子供たちには”諦める理由”になりがちだったりします。

でも、この程度はどんなスーパースターの親でもやってしまう事です。自分の子は自分以上に厳しくなるものです。

子供も成長の過程でその一言一言に涙を流す日が必ずやってくるでしょう。

自分が見てきた中で一番心痛めた例があります。

それは、「親の無関心」です。

自分自身、一度もお会いした事がありません。

事情はあるにせよ、連絡も取れずメールの返信もない。

送り迎えは、お爺ちゃん。

イベントの説明をするも、ほとんど理解できずに数える程度しかステージを経験した事がない。

それでもそのステージに立った経験を胸に、レッスンには足を運ぶ子供。

そんな子にこそステージに立ち続けて欲しい。

ストリートダンスは、世界の不遇な青年、子供達を救ってきました。

自分のその一人です。

だからこそ、自分の足で踊って欲しいんです。

実は、こんな極端な例じゃなくても、無関心はすぐ側にあるんです。

「レッスン中の何気ない談笑(親同士の)。」

「他の子に対しての気遣い(過剰な)。」

「先生や他の保護者に対しての提言(子供の前で)。」

これは、中学生の時、母と同じ保育士の道を志そうと、母に相談した時に、母から聞いた、「自分の子供(CobA)が園にいる時に注意していて辛かった事」を、ダンスレッスンに置き換えてお話ししています。

確かに、母と保育園の廊下ですれ違う時は家でのような目配せもされず、「お母さん」と呼ぶ事すら禁止されていました。(※CobAの出身の村には一つしか保育園がなかった。)

「それでも、保育士になる?」と問われ、少し寂しくなったので夢は途絶えました。

でも、それが今わかるんです。

一生懸命練習して、「できた!」と笑顔で振り向いた時に、母が違う方を見ていた時の寂しさを。

違う子を抱きながら、「あなたは大きいから」と注意される寂しさを。

向上の為の提言も、「お母さんケンカしてる。」と受け取ってしまう悲しさを。

ちょっとした事で子供は無関心を覚えます。

それは、事の大小問わず。事の善悪を問わず。子供は子供の受け取りのまま感じ取るのです。

もちろん、理解で成長する事だってできます。

でも、ダンスの前ではお母さんの嬉しそうなその瞳だけが子供達の報酬なのです。

だから、「また頑張ろう。」って思えるんだと思います。

上手くなるかどうかは、わかりません。

でも、確実に母を信頼し、子を成長させる関係は山が動くように構築されていく事でしょう。

そんな親子は、これからどんな時代が来てもその愛で対応し、どんなチャンスが来たとしても、その心で進んでいけるのだと確信しています。

終わりに

現状から抜け出すために始めたストリートダンス。

大きな言い方すれば、未来を変える力を与えてくれたストリートダンス。

これまでも、これからも愛するストリートダンスを、同じぐらい愛してくれる仲間に伝えていきたい。

社会的に見たら小さな媒体だけど、俺にとったら人生の大半を占める伴侶のようなもの。

全ての人がそうなれるかどうかは分からないけど、俺が経験してきた全てを曲げずに伝えたい。

エゴと言われればそれもそうかも知れない。

でもね、俺と同じぐらい、それ以上の情熱をもって伝えてきてくれた人がいるから。

俺と同じぐらい、それ以上の情熱をもって伝えていく人がきっといるから。

俺は、それ以外のことは伝えられないのです。

死にゆく様を決めたストリートダンサーだけが通る茨の道。

どんな時代もその時それぞれの宝物を探して、確証もない噂の世界をひた走る道。

ある人は笑われ、ある人は嘆かれただろう先人達。

こんなカッコイイ世界にしてくれてどうもありがとう。

こんな未完成な俺についてきてくれる沢山の仲間、生徒、スポンサーにありがとう。

「ダンサー王国」は、俺とみんなのすぐ側にある。