
ついに始動した2026年!
ずっとやらなかったインスタをいろ〜んな理由ではじめてみました。
一週間で効果絶大!
とにかく見るだけで上達するリールになってます^ – ^
探してね!

今日のKIDSクラス体験の方^ – ^
クラス違いの体験で2回目の登場だったけど、この前にやったキックステップを嬉しそうに見せてくれた☆
ポップコーンやったら8割方カタチになってて驚いた!
やっぱりリズムで分かるのが工夫ができていいね。
あと、みんなトカゲさん頑張ろう!!
新規入会・体験レッスン常時受付中です!!

ブログを再開!
とりあえず、一週間に一度のペースから再開させようかと思います。
写真は「わせだのもり接骨院 りょう院長」の名刺です。
運動療法が気に入っています。行けば毎回覚えて練習。変化が見えるからおもしろい。
気になる方はぜひどうぞ。
2022年6月からブログを書いていない!
気づいてはいましたが、優先順位が落ちていたのを黙認してました。
この3年間何をしていたのか?
レッスン、イベント、コンテスト、優勝、照明・・・のレベルアップ。
とにかく内側に力を投じていました。
結果どうなったか?
力がつきました!!
そりゃそうだ。
3年前との当社比(私個人)で見ると、ショー、レッスン、コーチング共に段違いで上手くなっているのが分かります。
その技術がすっかり板にもつき、まろやかに表現され遊び心も忘れずにできる。
だいぶ安定してできるようになりました。。。。。
「安定して。。。。」
アンテイして。。。
Antei…
これはまずい!!
固定概念の絶賛形成中。
成長方向へ舵を切る。
知ってたけど、やらなかった。
分かってたけど、できなかった。
無力だなー。っと感じられたので、行動を変化させます。
変わるのは一瞬。

こんばんは。
ダンスだけで生きている男CobAです。
生きることに最も必要なことはなんでしょうか?
私は、愛であると考えます。
ただし、愛とは広義であり人それぞれ違っていて当然です。
沢山の愛がある中で、何が愛であるかを決定づけるのは困難なことです。
共通事項としては、愛はエネルギーであるということだけでしょう。
エネルギーは行動で示すことができます。
行動は思考によって引き起こされます。
思考は経験であり学びです。
学ぶとは素直な心から生まれ、自分以外の価値観から創造するのです。
まとめると、愛は知識です。
現在、未曾有の価格的インフレの中に世界はあります。
インフレの中では、消費者が購入するものを吟味し必要な優先順位に応じてお金を支払います。
相対的に収入が上がる事があると、小学生の時に教えてもらった記憶がありますが、現状では数字以上に収入が上がっていないのが現状でしょう。
そんな中習い事は、いの一番に削減されていくカテゴリーとして有名です。
マズローの欲求階層でも有名なように、社会的欲求を満たすには安全欲求を満たす必要があります。そして、ダンスはその上の承認欲求にまで至ってきます。
ダンスなどの習い事は、4次産業に分類され知的集約産業です。
安全欲求(暮らす)・社会的欲求(家族などのコミュニティー)を満たした上で、承認されたい気持ちが昂ってきます。
要するに、ダンスは「一般的な愛を感じた上で、誰かに愛を与えたい。」気持ちから自信を律していく状況にあるのです。
実際、独学で始めたダンサーが収入が望めないことを理由に辞めてしまう事が多いのが事実です。
しかし、年商が1,000万円をゆうに超えてくるダンサーがいるのも事実です。
何が違うのか?
沢山の要因がある中で、2つ言えるのが、
①安売りする
②自己投資しない
事が、20年間見てきた中で確実に挙げられるでしょう。
どちらにしても、デフレーションです。
価値が低いから安く見積もらざるを得ない。
私は皆さんが驚くほどの自己投資をしてきました。
だからわかるのです。
昔の自分を見ているような感覚です。
ダンスにはお金はかかりません。
0円で始められるのが魅力の一つです。
しかし、自己実現しようとする段では、学ぶことが重要スキルとなります。
ダンスインストラクターの皆さんには、ぜひ自分の価値を創造して頂けるようお願いしたいです。
それが努力値であり、後世に引き継がれていく唯一の資産です。
ダンスを志す皆さんが、自分の価値を社会に存分に発揮できますように。

こんばんは。
プロとして生きた20年を全て肯定する男CobAです。
先日、師匠に久しぶりに会って頂きました。
「40年こんな事やれていられるのは…」
とうとうと、話してもらいました。
今日のイベントで、ANNYがこんな事いっていました。
「プロとして生きるには、”スキル”は当然の事”仲間を大切にする行動”が必要だ。」
HonjoStreetDanceNationが贈る”BlockParty”でのQ&Aコーナーでの一幕でした。
やっぱり20年以上プロとして活動できている人は同じことを言います。
自分もそう思うのです。
それに気がつくのは、15年から先の5年。
全くステージが違ってきます。
5年前の自分では到底辿り着けなかった考え方を今は持てるのです。
言葉で説明すると安っぽくなってしまうのですが、あえて言うなら、
「他利」
です。
やっぱり安っぽくなりますよね。。。
当たり前のことですが、自分のことはある程度目処がついている状態での事が条件です。
実は、スタジオを始める前に経営の師からこんな事を言われていました。
「では、小林さんは自分のダンススタジオをたたむ用意をすることが成功の条件ですね。」
全く意味がわかりませんでした。
でも今はその方向に全速力で向かっています。
運が良かったとしか言えません。
開業当初から、そんな気持ちでスタートできたのですから。
もちろん当時はその言葉を信じることしかできませんでしたが、今では心臓の奥からそんな日を夢見ていたりします。
いや、その気兼ねなくして人様に何かの指導をする事は許されないとさえ思っています。
必ず誰かが自分の背中を超えていく。
その時にがっしりとした足場になれるように、土台を強く固めていきます。
もちろんですが、自ら止まって道を譲るような事はしません。
全速力で駆け抜ける中に、それよりも速いスピードで走れる人がいるなら最後まで接戦を争います。
最後まで譲りません。
絶対に負けません。
20年前にたった一人で誓ったあの言葉は今でも有効です。
おかげさまで、SUP!!スタジオは200名のメンバーの皆様に愛されながらこの街で楽しく更なる楽しみを創出できるようこれからも尽力して参ります。

こんばんは。
連日のブログ失礼します!
基本、感動が行動に変わった時に表に出るのが人間なのです。
感動にも種類があって、そう、いろいろあります。
毎日が競争で戦いで思い合いだったなあ。。。と感じれるようになったのはいつ頃からだろうか?
毎日の練習の中に主権の取り合いというか、主張の張り合いというか。。。
ある時は、一番やっているヤツが、
ある時は、一番考えているヤツが、
またある時は、一番面白いヤツがネタの主導権を握っていった。
今では二人で一人の状態が自然と身につき、他の誰も受け入れない体制ができている。
実に穏やかで、お茶を啜っていてもネタが進むようだ。
でも、あの時は違った。
ただ、”尖っていた”だけではなく純粋にそれを信じていただけ。
練習を本番と見れないヤツはそこにはいなかった。
20年前というと大袈裟だが、もうそれに近い。
怪我したり、過呼吸になったり、泣いたり、喧嘩したり…
こんなに真剣にできる遊びに出会えた事がそもそもの幸福だと思う。
その時は、目の前の事しか見ていなかった、というか見ないようにしていたからどんどん手応えがあった。
本番15分前。
ジャンケンで決めるソロの順番が楽しかった。
トリになるヤツが変なポーズで終わる罰ゲーム。
観客が反応するかどうかなんて関係なかった。
ただ、自分達が面白く、この前より楽しくいられたらそれでよかった。
練習した雰囲気なんて見せやしない。
途中で踊るのやめて客を煽るのも面白かった。
どんなふうにしたら目立てるのか?それを試していた。
「カッコよかったです!」「凄かったです!」
そんな声に、笑っていたりもした。
”アレ見てそれしか思わなかったのか??”
「なんであんなことしたの?」「ウケる!」
これが最高の褒め言葉だった。
帰りの車内は、8ミリビデオを見ながらメンバーだけで大爆笑。
一番のファンは自分達だった。
だからこそ、本気で練習し、楽しんだのが分かる。
あまりにもストイックなバックヤードと真逆のステージ。
自分達の本番は、屋根のない吹きさらしのコンクリートの上。
毎日が真剣で、体の極限まで使い込む。
そんな中のたった1日の本番は、息抜きの遊びの時間。
みんなに会えるのが楽しくて、毎日をダンスした。
今日、そんな風景を少し目にしたようで嬉しかった。
どんなことを言っても、アレをやったヤツにしか分からないこと。
それでいい、そのままでいい。
大丈夫、ありがとう。

こんばんは。
「春が夏に変わり始めるこの時期。皆さんいかがお過ごしでしょうか?」
今、この文面、ノールックで書きました!
できるようになるモノですねー(^ ^)
今やっている事があるなら、それは必ずできるようになる。
むしろ、できるかどうかは関係なくて、それを楽しんでいるかどうかにかかっている。
楽しんでいる状態は、フロー状態であり沢山のものを吸収する。
逆の状態ではその逆になる。
同じ一時間でも、有か無かの二つに分かれるのが常だ。
違う言い方をしたら、”頑張っている。”状態はどっちの状態なのか?
言葉だけでは測れない側面もありそうだが、本人の感覚はどうだろう?
きっと言葉では表しづらいことに気づくだろう。
そう、頑張っているという言葉は、自分自身にしか分からない。
そして、頑張っているからといってフローにならないなら、それは辛く険しい山を無理やり登っている事を指し、フローであれば登りたくなる楽しい山を登っていることになる。
全ての物質は原子レベルで揺れていて、振動している。
振動による波は、空気中を行き交い音叉のように共鳴する。
共鳴した物同士は引き合う。
磁石のようでもあり、そこに人間の感情は関係ない。
S極にN極はくっつくように、全く違った物がくっつく場合もある。
それが自然であり、法則だ。
もしも、自分が大事であると感じているものがあるのなら、心の底から大事であると感じることだ。
そこに損得勘定や操作性を含めた途端に、エネルギーのバランスは崩れ始め、その物体から離れるようになる。
そう、交換ができなくなるのだ。
目の前にエネルギーを渡してくれている人がいるならば、あなたはその人にとって同じぐらいのエネルギーを渡していることになる。
本当にその人、その場所、その物が好きなのか?
頑張らずに楽しめる。
そんな人、そんな場所があるってことに感謝して、今日も楽しめました。

こんばんは。
ダンスだけで生きている男CobAです。
2022年春シーズンが始まりました。
スタジオとしては、25名弱の新しくステージを踏むダンサーと共に130名で多様なステージを盛り上げます。
既にお問合せを沢山頂いていますが、全てにお応えできていない状況で申し訳ないです。
今後、環境整備などを見直しながらより多くの皆さんにダンスを通して家族単位の楽しみを提供させて頂けるよう尽力していきます。
初めてのステージながらも、止まる事なくスムーズにその数分間を過ごしているように見えますが、実はその裏側で経験値高いダンサー達の存在が際立っているのです。
先日のイベントで、ポジショニングを間違えたダンサーをを補完し空いたポジションに入っているダンサーを見つけました。
そんな時、「ダンス踊っているな〜」と思たりするのです。
ステージ上ではアクシデントが付き物。
練習ではできていたのに、全く違った事をやってしまう事もしばしば。
私自身も、理由は様々ですが面白いほどに違った事を20年踊っている今でもしてしまいます(^^)
人は環境を補完し生きています。
それが仕事となり、生活の基盤となります。
人を想うことで、生活しているのです。
私は、相方の行動や言動からそれを感じ取ります。
相方は、私の気が付かないところに気がつき助言したり共感したりしてくれます。
まるで、自分の事のように考えてくれるのです。
私はというと、全く同じように助言したり共感することはできていません。
しかし、相方曰く「私と話をすると元気が出る。」らしいのです。
そんなこと意識してやっているつもりはありませんが、やはり補完し合いながらチームは形成されていくのでしょう。
一時的な意味合いを持つ”クルー”や”ユニット”で同じことが言えるかどうかはわかりませんが、20年程度一緒にやってくようなチームであれば、誰もがたどり着く境地なのかもしれません。
人の一生は100年とも言われています。
一時的に数百人、数千人の知り合いがいる事も大切な思い出なのかもしれませんが、たった数人の人と人生を共有していけるようなチーム作りを体感していく経験。
私には、家族を含めそんな人達が数人います。
それだけで幸せを感じられるのです。
私達が求めているのは、結果だけではなく人生を共有できるチームなのかもしれません。
チームとは、決して馴れ合わず、決して否定せず、決して離れないものである。それ以前に、意図せず補完的であるか?が必要要素の大部分を占めるだろう。

こんばんは。
ダンスだけで生きている男CobAです。
世界情勢、社会情勢、環境問題、災害。。。周りを見れば目が回るような日々がここ何年も続いています。
ステイアウトしようと思っても、向こうから勝手にやってきます。
見猿聞か猿言わ猿を決め込んでも、勝手に思考に入り込んできます。
だからこそ、未来を見据えること。
「未来なんて見えないし、見たくない!!」
その通りです。未来は不確定要素であり、確約された約束ではないことが、この数年の現象で世界のほとんどがイヤというほど思い知らされました。
その反面で、大きな発見もありました。
”未来とは今の事であり、過去である。”
今の連続が未来となり、今の結果が過去なのです。
タイムマネジメントを深く学べば、誰しもが知っている事ですが、体験的に感じたのはこの時代の変わり目が歴史の観点から見ても初めてなのではないでしょうか?
逆を言えば、未来も過去も無く、今しか存在していないのです。
では、なぜ人は夢を描き想いを馳せるのか?
それは、今を幸せに生きる為ではないでしょうか?
未来をどんなに楽観的に見ようが、悲観的に見ようが起こっていない事は事実ではない。
事実とは、楽観的・悲観的観点から生み出され今をどう生きるかで変わってきます。
心の事実は複数存在するのです。
要は、個人によって事実は形成され個別化されるのです。
ですから、完全な承認の一致はあり得ず、必ずどこかの段階で歩み寄りをしながら他人とのコミュニケーションを完結させていると考えられます。
人は人と生きている。そう感じるのです。
その反面、人は完全一致することもあり得ず、自分の人生を創造し歩いていくのは当然ながら自分です。
誰かの決定や判断に従属していくのは、ある意味安全ですが自分の人生を歩んでいるかというと違うと思います。
幸せは、自分の事を信じられた時にやってきます。
自分の決定、想い、思考、夢、見ているもの、などを自分で信じられること。
今ある事実を信じること。
不安ならそれでいいのです。
怒っているならそれでいいのです。
笑えているならそれでいいのです。
生きているならそれでいいと、自分で信じてあげる事です。
私の幸せとは、今の自分が喜べているかどうか。
気分のいい時も、そうでない時もそんな自分を尊ぶ事ができているかどうか。
そんな瞬間を感じている人が、その瞬間の共有に自分を選んでくれているとしたら、幸せを超えていきます。
私は幸せです。
理由はありません。
そして、これからも幸せになれ!
そう自分に感謝して、周りの人に感謝して2022年を残り9ヶ月進んでいこうと思います。
幸せになれ!

こんばんは。
ダンスだけで生きている男CobAです。
最近本庄にも5Gが入るようになってきましたね。
便利になる事は素晴らしいです。
そう思えばテレビCMでは、6Gの宣伝も始まるぐらいで次から次へと人間の”楽”への欲望は加速していますね。
自分としては、4Gでも心も体もいっぱいいっぱいなのですが、求めている人がいるからこそ技術開発はなされます。
なんでも5Gは4Gの100倍の速度だとかなんとか??
6Gでは遠隔コミュニケーションも可能になるということで、政府のムーンショット計画に向けて着々と進んでいるわけであります。
子ども達が進む未来は一体どんなところに連れて行ってくれるのでしょうか??
蒸気、電気、コンピューター、IoTときて更に自律化していく社会の中で、私達個人の価値もバージョンアップされていくのでしょう。
今般の東欧での戦争や、世界的に困っていること、地球が傾いていたり、エネルギーの流れが変わっている事。
全部ひっくるめて、地球を含めた宇宙の歴史の中でたった一文字にも満たない激動の数年間が過ぎようとしています。
そこから見ると、たった一瞬で人類の歴史や価値観が変わっていくように見えます。
日本では、戦後復興の45年〜高度経済期の60年代〜バブル期の80年代〜バブル崩壊後の90年代〜さざなみ景気の2000年代〜震災後の10年代〜5Gの20年と価値観が数十年単位から十年単位、ここ最近では数年単位で変化しているのが感じ取れます。その間に幼少期を過ごした人は間違いなく価値観が違った年代となります。
戦前を見ると300年も価値観が変わらなかった江戸時代を筆頭に100年単位で新人類が誕生していたのが想像できます。
これから生まれる人たちは、毎年のように全く違った価値観を持ち合わせて成長するんだろうなと考えています。
まさに多様化。今の多様性とはまた違った意味合いでしょうが、10年後は当然の姿でしょう。
もしかしたら、10歳そこそこで世界を変えるようなリーダーが出てくる可能性だってあるでしょう。
少なくとも、今自分が携わっている子ども達は、自分が子どもだった時に比べて遥かに自由度や精神性が研ぎ澄まされているように感じます。
残念ながら、今は12歳を超えると何かしらの感性の軋轢があるのか、自分のその頃よりも不自由に生きているような気がします。
たった数年で価値観が変化する現代。
少なくとも自分達の時は10年程度価値観が持続していた時代。
そんなギャップの中で、大人が子どもに何ができるのでしょう?
大人が教えることよりも、教わることの方が多くなっているようにも感じます。
私達大人は、経験価値を失ってしまったのでしょうか?
自分はそうは思いません。
楽しく生き、夢を叶え、喜んで生きている姿を見せる事が、私達大人にとっての修行なんじゃないかと思います。
勘違いしないように言いますが、その姿を見せるのは、子どもにではありません。自分自身にです。
新しく生まれ、成長してくる子ども達はそんなこと当たり前なのです。
他人に優しくし、感謝を持ちながら生きる。
そんな幼児達を何人も知っています。
何も教えずとも、笑顔で”ありがとう”が言える。
自分の事よりも、他人に分けてあげる事が先。
ならば、彼らが求めるのは何か?
「自己実現」
そして
「自己超越」
初めから、私達が喉から手が出るほど欲しかった「社会的欲求」は生まれる前から手にしていて、自分が喜び幸せに生きていくことを目的に産声をあげる子ども達が増えるのです。
考えてみてください。
周りのみんなが、自分の幸せに向かって一所懸命に楽しく生きているコミュニティを。
想像しただけで幸せでしょう。
おそらくですが、その中で他人の夢を手伝うことは当然の行為ではないでしょうか?
それは既に、自分を慕ってくれているアラサー世代にも実際に見受けられます。
40を手前にして、やっと人の夢の手伝いをする価値が行動優先順位の上位を占めてきた自分とは周囲の夢の達成速度が格段に違います。
おそらく、10×10=100倍
人生100年。
一生の内に1つの夢が叶えばよかった世代から、1年に1つ夢が叶ってしまう世代。
想えば叶う。の概念は、100倍の速度で叶っていく。